東
前回までの話から分析すると、古舘先生はネガティブからポジティブまで、すごくバリエーションがあるタイプという事ですよね。難しいのは、古舘先生が基本いい人なんで、自分の判断基準で物事を考えた時に、自動的にいいヤツになる。『ハイキュー!!』で「みんないいヤツだな」「わかりやすい悪役、イヤなやつがいないな」と思うのは、古舘先生が根底にあって、古舘先生の正と負でバリエーションを作っているからなのかなと。
古舘
先生
イヤなヤツを入れている余裕が無いからじゃないですかね。「そこにページを割く必要ないよね?」って感じで。
東
進行上、わかりやすい悪役、イヤなやつを入れるほうが邪魔、ということですか?
古舘
先生
そうですね、だってイヤなヤツのままにしておくと「何で出した?」ってなるじゃないですか。そいつを倒すなり更生させるなり、その人のためにスカッとする展開をやらないといけない。だけどそれを試合に入れ込むとややこしいし、下手したらバレー関係なくなる。
東
そんなことしなくても試合に勝ちたい理由はありますからね。
古舘
先生
悪い意味で漫画っぽくなるのかも。
東
わざとらしくなる?
古舘
先生
リアル寄りのバレーボール漫画の中に、上手く落とし込める気がしないですね。多分浮いちゃう。世の中に魅力的な「悪役」はいっぱい居るけど、バレーボールの話と魅力的な「悪役」を両立させられない。で、リアルでイヤなヤツを考えると、現実のイヤなヤツって、たいていどうしようもない。
東
(笑)
古舘
先生
自分は頭が固いから嘘が描けないんです。…嘘が描けないと言ったらおこがましいか(笑)。
東
(笑)
古舘
先生
この人バレーの試合中はこうだけど、普段の学校生活は?部活以外の友達とはどうしてんだろ?とか考え出すと、ハッタリをカマせないというか、イヤなヤツは本当にイヤなヤツになっちゃう。でもそんな人を出してもしょうがないじゃないですか。
東
よくある「最後は和解する」という展開がありえなくなっちゃうんですね。
古舘
先生
そうですね、本当に自分が思うイヤなヤツを出したらそうなりますね。 最後に和解したら結局イヤな奴ではなく無いですか?
東
なるほど。古舘先生がイヤなヤツを描こうと思ったら自分の外にしかないから、わざとらしくなるのかなと思ったんです。さっき話した「その人の一面しか見ていない」ということになる。結果として先生が避けている「その人っぽいことを言わせる」ことになりそうですし。そんなことはないですかね?
古舘
先生
それはそうだと思います。悪い意味で漫画っぽくなるっていうやつ。「バレー面白いぜ!」って言いたいだけの漫画とは相性が悪いのかも?生死がかかっている物語で、人間の本性が見えるとかならアリかもだけど、バレーの試合に入れるとややこしい。
東
やらなきゃいけないことがただ増えるだけですから。
古舘
先生
だから、それでいくと家族のドラマとか家庭の事情が関わってくるのも難しい。例えば、環境的にスポーツを継続してやること自体困難、というような要素を入れて、且つ試合が面白く、バレーの魅力を伝えて、読んで楽しい!という展開を描く技量が無いっす。だから極力バレーの中だけでやっていく。
東
確かに『ハイキュー!!』はバレー以外のことはほとんどやっていないですね。
古舘
先生
ドラマが直接バレーと関係なければ入れない。プレーとかに直結していなければ入れる意味がない、というか入れて面白くできる自信が無いという判断ですね。
東
逆に、入れている家族のドラマは直結していますもんね。月島だろうと星海だろうと、それはプレースタイルに影響が出ているから、試合の展開に直接関係があるからやる、ということですね。
古舘
先生
そうですね。自分が描きたいものに必要か不要かの判別ですかね。色んな要素を下手に入れると、主軸が曖昧になっちゃう。主人公が乗り越えるべき障害として「悪役」という形は本当に最適か?を考えた方がいいかも。
東
新人さんの作品でよくあるミスとして、題材や競技と関係なくとにかく「人情ドラマっぽいこと」をやろうとしちゃうとチグハグになるんだろうなという気がしますね。
古舘
先生
未だにありますね。賞に応募された漫画でも、急に不良に絡まれるというのが。
東
あります、あります。
古舘
先生
でもそれが絶妙にあとから上手いこと回って、というのも1回読んだ気が…。「こいつまたここで出てきた!」みたいな。そういうのはキャラクターが意思を持って動いている感があって面白いです。まあでも装置としてしか出てこないパターンはけっこうありますよね。本当に物語の歯車になってるだけ。
東
主人公がケンカに強いということを示すためだけの。
古舘
先生
そうですね、あとは主人公がみじめな演出とか。「これから強くなりたい」と思わせるための装置とか。
東
話を作る上での都合の良い役割の押し付けでしかなくて。そうならないようにしなければいけないけれど……漫画って最初のうちは、物語の風呂敷を広げて畳むだけでも大変なんですよね。だからとりあえず畳めそうな役を描いてしまうのかなと。
古舘
先生
やっぱり無理にキャラっぽくしようとしないほうがいいでしょうね。たとえば誰かが絡んでくるにしても、いかにも不良!みたいな人が絡んでくるより、一見普通っぽい、1回会っただけじゃ顔を覚えられないようなヤツがいきなり殴りかかってくるほうが怖いじゃないですか。なのに不良を描いてしまうのって、「絡むヤツってこういうヤツ」という誰かが作った印象、ガワに乗っかろうとするからで、そうすると、中身が空っぽになっちゃう。でも「装置」として登場させたとして、「じゃあなんでこいつはこういう行動するんだろ?」って考えてみたら「装置」から「キャラクター」になっていくかも。
東
難しいですよね。でも古舘先生の場合、文字通りキャラのガワから最初に出来るわけじゃないですか。
古舘
先生
ですね! 中身詰め込めるんですよ(笑)。
東
空っぽだから。恐竜に玉乗り仕込むヤツですね(笑)。でもおそらくガワという言葉の意味が違いますね。記号的な役割という意味のガワから作るとよくないけど、それがキャラクターデザインからだったら作れるってことですね。
古舘
先生
そうですね、作れましたね。まあビジュアルのガワというのはないようなものですから。
東
でも例えば鴎台が並んだ時に「こんな髪型にしているんだったら、野沢はある程度チャラくないとダメだろ」的なのはありますよね。諏訪は「真面目だから坊主にしてる」みたいな見た目の印象はありますよね。
古舘
先生
確かにそうですね。でも実は一番はじめに彼女ができるのは諏訪なんですよね(笑)。自分で作ったビジュアルについて「なんでこのビジュアルか」を考えてみるとキャラに奥行きが出るかもしれない。野沢はチャラくあろうとしているのかもしれない、諏訪は他者の価値観に左右されない、そういう魅力というか大人びたところが同級生よりあるのかも、とか。試合中ある種冷酷さがあるのも諏訪だし。東峰に対して「取れるところ」と言ったり。
東
よくあるキャラメイクのアプローチで推奨される、好きな食べ物はコレで、…、みたいな「プロフィールを作る」作業って、「書いてみたけど特にキャラ立ちしませんでした」となってしまう方がたまにいて。でも、古舘先生がキャラのプロフィールで描いているキ好きな食べ物とかは、そこにエピソードが感じられるなと。2巻のまだセリフもほとんどないような状態の縁下の好きな食べ物が、16歳なのにホヤ酢なんですよ。でもこれだけで、面倒見がよくて、酸いも甘いも分かっててこの代のキャプテンになりそう感出てると思うんですよね。それって意識の問題なんですかね?
古舘
先生
そのプロフィール帳がめちゃくちゃ「こんな状況あるか!?」みたいなヤツだったらいいのかもしれない。…あ!それを1個作ったらいいんじゃないですか?
東
プロフィール欄のテンプレートってことですか?
古舘
先生
そうそう。「子供と犬が溺れていたらどっちを助ける?」とか。
東
なるほど(笑)。
古舘
先生
そういうシチュエーションのような、「何かキャラの素が出そうなリスト」を作ってそこにはめていくのはどうでしょう。「好物は最初に食べるか最後に食べるか」とか。
東
メニューを決めるのが早いか遅いかというのもありそうですよね。ファミレスに行って「あぁ焼きそばの気分だったのに、五目チャーハンも美味しそう」ってなるタイプか、「いや、俺は今日焼きそばの気持ちで来てるから」ってなるか。
古舘
先生
口は変わらないっていう。バイキングもいいんじゃないですか? いろんなタイプの人がいそうだし。編集部がめちゃくちゃいいリストを作れば、いいキャラを量産できる作家さんが増える可能性が(笑)。
東
「キャラのあるなし」って、単純なプロフィールではなくそういうシチュエーションで判別できるのかもしれないですね。回答が分かれるとは思うんですけど、『ハイキュー!!』のキャラクターがいて、それに対してこういうお題が出ましたよってなった時に、我々が「こうするんじゃないですかね」と言えるのが「キャラがある」キャラ。それで想像がつかないのは「キャラがない」からで、読者もそいつがどういう判断で何をしたいのかがわからない、と判断できますし。
古舘
先生
「あ、やりそう!」ってなるのがいいですよね。「取るわ、そいつバイキングででっかい殻付きのカニの足取るわ」みたいな。木兎とかは絶対にカニを取る(笑)。何も考えずに。
東
木兎はカニを取るし、全部頼む。その場で焼いてもらう系のオムレツやステーキも全部頼む。
古舘
先生
全部頼みますね(笑)。
東
木兎は下手したら焼いている間に食べて皿が空いて戻ってきますよね(笑)。
古舘
先生
(笑)。そうすると1回食べたやつをもう1回食べたくなるんですよ。1回食べたけど、新しいのを見るともう1回食べたいって(笑)。…バイキング、いいんじゃないですか?
東
たしかに…バイキング選手権をやらせて、差が出なかったら、足りてないとわかる。キャラがかぶり過ぎということかもしれない。
古舘
先生
うんうん。
東
日向もカニは抜くけど「やべー!」ってなるから1本で収まると思うんですけど、木兎は乗るならもう1本行くかってなる可能性があるってことですよね。同じ方向性でも。
古舘
先生
そうですね、そこが木兎との違いですよね。日向は多分迷いますもん、「カニ…カニかぁー…!」って、その迷いがある人かそうじゃない木兎。
東
結果として皿をまたいでいるだけでお盆に直接立ってるみたいなカニの置き方で、何も気にしないっていう。
古舘
先生
二刀流ですね。エクスカリバー2本(笑)でも後悔はする。食べきれない…ってテンション下がって呆れられる。
東
キャラにはバイキングをさせよう、ということで(笑)。
古舘
先生
いいですね、バイキング(笑)。
東
いいですねバイキング理論! ちょっと使っていきますね!
第10回へ続く