社会人少年漫画賞【第4回】素直に自分の癖(へき)を出し、たどり着いた天職 『食戟のソーマ』附田祐斗先生に聞いてみた

自分を追い込みすぎず、素直に癖(へき)を出してきた附田先生。自分を顧みて思うのは、漫画を描き続けている人はみんな「作家の才能がある!」ということ。

2024/04/29


――附田先生にとって、漫画家を目指すうえで大事だったことはなんだと思いますか?

附田
先生

繰り返しになりますが「癖(へき)が素直に出せる」ことですね。本心を隠してカッコつけたネームを描く新人作家さんも多いと思いますが、「僕はこういうものが大好きなんだ!」というものをそのまま出せたことに尽きると思います。担当編集にも、ネームを見せるたびに「附田くんは、本当にこういう女の子が好きだよね」と言われていましたから(笑)。

 

――意識せずに、自然と癖(へき)を出せていたんでしょうか?

附田
先生

そうですね。子どもの頃からずっと、絵を描くことを否定されずに育ったことが大きいと思います。よく親に隠れてこそこそ描いていたという話も聞きますが、僕はリビングで堂々と描いていました。中学・高校の友だちも僕が描いた絵を見て楽しんでくれたし、いっしょに描いたりもした。そうやって周りに肯定してもらっていたから、自分が「いいな」とか「こういうものが大好きなんだ!」という気持ちを表現することが、怖くなかったんだと思います。

 

――すごく幸せな少年時代だったんですね。

附田
先生

幸せでしたね。『57th -フィフティセブンス-』は生徒会をテーマにした高校生の話なんですけど、自分自身、高校生生活がすごく楽しかったので、誇らしい気持ちで描きましたし。担当編集からも言われたことがあって。漫画家を目指す人は、学校に馴染めなかったり、劣等感的なものを抱いたり、“青春している人に向けて”そういう感情をぶつける人が多いんだ、と。でも、そういうのは僕にはなかったですね。

 

――どんなときに、漫画家になってよかったと感じますか?

附田
先生

漫画作りの工程で、ネームという自分の領分が「天職じゃん!」と思えたときに、すごく幸せを感じます。『食戟のソーマ』で佐伯俊先生という大天才と組めたことが大きいかもですが。自分が描いたネームに対して「それっ!」という狙い通りの絵が入ってきたり、想像もしなかっためっちゃいい絵が上がってくるのが、本当に幸せで(笑)。センスの合わない先生と組んでいたら、この気持ちよさは味わえなかったと思います。

 

――漫画家としてやっていけそうだと思ったのは、どのタイミングでしたか?

附田
先生

『食戟のソーマ』の連載がはじまってからですね。「今週はすごいものが描けた!」と思ったら、それがちゃんと読者アンケートに反映されたときです。逆に「ここが不安かも」と思った週は、やっぱりちょっと票が下がるんです。良くも悪くも思った通りの読者アンケートが帰ってくるようになって、あてずっぽうで投げている感じがしなくなったとき、職業作家としてやっていけるかなと思いました。

 

――はじめて「狙い通りに読者に届いた」と思ったのは、何話でしたか?

附田
先生

『食戟のソーマ』の3話目は「創真が、えりなが審査する編入試験に落ちる」というオチなんですが、連載会議では「序盤は1話ずつ区切って、毎回主人公を活躍させなきゃダメ」と言われていたんです。でも「あの終わり方ならぜったい4話目も読んでもらえる!」と思って、そのままやらせてもらったら、アンケートも悪くなかったんですよ。「この引きは面白い」ということが実証されてよかったなと思いました。

 

――「マイナスの引き」というデメリットをわかったうえで、面白さを信じて描かれたんですね。

附田
先生

3話目はピンチで終わりますが、内容としては主人公の完勝なんです。ヒロインのえりなは負け惜しみで「不味いわよっ!」と言っていますが、誰がどう見ても主人公の勝ち。読者にちゃんと気持ちよさを担保したうえで、最後にガクッと落として「え、どうなるの?」と思わせているんです。「4話目以降も、主人公の活躍が見たい」と思ってもらえる確信はありました。

 

――会社勤めを経験してから漫画家になる強みはなんだと思いますか?

附田
先生

単純に「会社ってこういう世界なんだ」というのを知っているのと知らないのとで、違いが出る部分はあると思います。出社してデスクに座ったときの、気持ちの乗らないあの感じとか、そろそろ先輩が「あの案件どうなってんの?」と訊いてくるだろうなっていう気配とか(笑)。取材を通して想像はできるだろうけど、実際に経験していないとわからない独特の空気感もあると思います。

 

――「匂い」みたいなものでしょうか?

附田
先生

そうですね。匂いは記憶に直結しているので、漫画に乗ると思います。それこそ『ハイキュー!!』の1話目で「エアーサロンパスのにおいっ……!!」と言う日向のセリフ、あれにはすごく感動しましたね。自分が中学生だった頃、バスケ部を退部したあと、体育館でエアーサロンパスの匂いがスンってしてくると「ああ、もう辞めたんだ」って切ない気持ちになったことを思い出しました。そういうものを漫画で、しかもあんなワクワク感を持たせて表現できるなんて「古舘先生すげぇ!天才だ!」と思いました。古舘先生はバレー部にいらっしゃったから、きっと実体験から生まれたセリフですよね。

 

――最後に、社会人から漫画家を目指すみなさんに、アドバイスをお願いします。

附田
先生

会社員経験があれば「いざとなったら、会社員に戻ろう」というセーフティネットを張れますよね。僕も『食戟のソーマ』の連載が決まるまでは、それを心の支えにしていた気がします。僕の場合、背水の陣を敷かないほうが平穏な心でネームを描けたので。それに、同期との差を感じて惨めな気持ちになっていた会社員時代より、締切に追われていても漫画家のほうが断然楽しかった。もし社会人経験がなかったら「漫画家より楽な仕事があるはずだ」と、逃げ道を探して、踏ん張れなかったかもしれないし(笑)。

 

――自分を追い込まないとできないタイプと、追い込まれると雑念や不安で集中できないタイプがいると聞きます。

附田
先生

僕は後者ですね。そういうタイプの人は「捨て身でやるのは気をつけてね」というのが実体験からのアドバイスです。と言いつつ、自分は連載が決まるまえに退職したので、かなり捨て身だったかも(笑)。でもセーフティネットがあろうがなかろうが、放っておいても描く人は描くんですよね。自分が知る限り、「ジャンプ」で活躍されている作家さんたちはみんな同じ。漫画家としてデビューしてもいないのに創作活動をしている時点で、すでに作家の才能があると思います。

 

――そういう人はまず「常に描き続けている自分は、意外とすごいことなのかも…」と気づいて、自信を持って投稿してほしいですね!附田先生、本日はありがとうございました!

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附田祐斗先生 tsukuda yuto

漫画家。第34回ジャンプ十二傑新人漫画賞で『牙になる』が十二傑賞受賞。2012年〜2019年、週刊少年ジャンプで『食戟のソーマ』原作担当。

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